ヤングエース8月号(7月4日発売)の僕だけがいない街36話『始まりの地点 2005.05』のネタバレと考察、そして次回37話の予想についてです。
今回は、『僕だけがいない街』の意味が明かされたり、修学旅行のヒロミに関する矛盾について言及していたり(35話ネタバレ)、1巻に張ってあった伏線が回収されたり、非常に読み応えがある内容でした。
さて、今回も考察等を行なっていきますが、大いにネタバレしているので、ネタバレが気になる人は先に本誌を見て下さい。ちなみに私は、僕だけがいない街だけが目的でヤングエースを定期購読しています(笑)
ちなみに前回のネタバレ、考察はこちら。
➡僕だけがいない街35話のネタバレ考察
36話の概要(ネタバレ)
前回、病院で知り合った少女、久美ちゃんと会話しているのをパパラッチに下世話なネタに使われそうになり、アイリが登場しそのパパラッチを殴るという展開でしたね。
今回はアイリと悟が再会する場面からですが、
流れとしてはこんな感じです。
- アイリとの会話をきっかけに、悟は過去を思い出しそうになると同時に倒れる
- 悟の今までに記憶に無かった、オリジナルの世界(小5~佐知子殺害)の回想
- 2005年(386日後)に目覚める
話自体はほとんど進みませんが、
重要な伏線の回収がいくつかあって非常に濃いものでした。
では、より詳細にお伝えします。
- 悟はアイリと再開する
- アイリは悟のことを知らないみたいだが、悟はこの娘のことを知っていると思い話しかける
- アイリは世界中の空を撮りながら旅をするのが夢だと語る
- アイリの言葉をきっかけに、アイリとの思い出が浮かぶと同時に倒れる
- 小6の修学旅行の記憶が再現される
- 怪我したケンヤに「ヒロミがワセリンを塗った」と言ったが(35話)、その記憶にはヒロミはいなく、自分がワセリンを塗っていた
- ヒロミが記憶にいないということから、ヒロミ・加代・中西彩が死んでいるという記憶に繋がる
- 今の世界とは違う記憶があることから、この異なる二つの記憶をつなぐ鍵を思い返すと、佐知子が刺されている場面が頭に浮かび、同時に目が覚める
- 目が覚めたのは、2005年5月11日(386日後)で、また声も出づらく体も動かない状態になっていた
- 記憶を完全に取り戻そうと決心する
36話の考察・感想
それでは、36話の考察や感想に移っていきたいと思います。
以下の3つについてです。
- アイリの夢について
- 修学旅行の記憶について
- タイトルの意味について
アイリの夢について
これについては、前回の考察が当たっていたみたいです。
前回、アイリは急にカメラのことで熱くなっていたので、
「1話でアイリがやりたいと言っていたことはカメラ関係のこと。」
「4話で空に舞う風船を指で枠を作り収めているのはその伏線。」
このように考察しました。
そして今回、アイリの夢が空を撮りながら旅をすることだと語り、
4話と同じように指で枠を作って空を眺めています。
また、4話でアイリが見たであろう風船が空を舞う映像も載っていますね。
これについては見事な伏線の回収でした。
悟の、
『なんだか、ずっと聞きたかった答えを聞いたような気がする』
というモノローグもすごくいいですね。
1話では、
「でもまあ、藤沼さんには教えないんだけどね」
と、夢の内容までは教えてもらえていませんでした。
修学旅行の記憶について
前回、悟が「ヒロミがワセリンで止血したんだよ」と言ったことに関して、
「三部けい先生のミスではないのか?」と言ったり、
「いや、これは重要な伏線なのかも?」と深読みして妄想を書いてしまいました。
➡35話のネタバレ考察
今すぐ前回の記事を編集してなかったコトにしたい気持ちで一杯です(笑)
実際は、僅かに残っていたオリジナルの記憶の修学旅行において、
自分をヒロミに置き換えていたということでしたね。
本当にこの時代では、ヒロミが悟の代わりにワセリンを塗ったのかは不明ですが、
前回加代が訂正しないことから恐らくそうなんだと思います。
いなくなった人間(悟)の役割を、新たに加わった人間(ヒロミ)が担うのは自然です。
また、最初はこのワセリンに関するセリフは違和感しか無かったですが、
このセリフは「ヒロミがいない記憶」を思い出すきっかけになるので、
物語の展開上すごく自然なセリフに感じますね。
三部けい先生、ミスではないかと疑ってしまいすみませんでしたm(__)m
タイトルの意味について
今回、タイトルの意味が分かってきましたね。
以下のセリフがヒントになります。
- 『殺人事件が起こらなかった街。そして、僕だけがいなくなった街。』
- 『「僕だけがいない街」の始まりはきっとあの娘がいた時間だ。』
一瞬「なるほど!」と思いましたが、
深く考えると少し難しいような気がします。
普通に考えれば、
「殺人事件が起こらなかった街=僕だけがいなくなった街(いない街)」
つまり、悟が植物状態になったのを「いなくなった」と表現し、
悟がいなくなることと引き換えに殺人事件を防ぐことができたということ。
これでいいのでしょうか?
次に『「僕だけがいない街」の始まりはきっとあの娘がいた時間だ。』
というセリフですが少し厄介ですね。
“あの娘がいた時間”というのは、
思い出の中のアイリと過ごした時間のことで、
18年のリバイバル前のオリジナルの世界のことを指しています。
そして、「悟がいない街(植物状態になる)の始まり」が、
「アイリと過ごしたリバイバル前のオリジナルの世界」ということを言っています。
つまり、
「悟が植物状態になる世界の前(始まり)に、アイリと過ごした世界がある」
ということを言っているのでしょうか。
これとは別にもう一つ、
「殺人事件が起こらなかった街≠僕だけがいなくなった街(いない街)」
という2つの街を対比しているのではと考えました。
そして、リバイバル後の世界からリバイバル前の世界を見た時、
『僕だけがいなくなった街』と表現するのもおかしくないのではないのでしょうか。
つまり、僕だけがいない街というのは、
オリジナルの世界の事を指します。
こう考えるのもおかしくないのかなと思いましたが、
どうもしっくり来ませんね。
まあ、結論としては、
「僕だけがいない街=自分が植物状態になった(ことで殺人事件を防いだ)世界」
ということだと考察しました。
あんまりまとまっていなくて、すみません。
早く記事を上げたいと思い、
急いで書いているもので…。
また改めて整理したいと思います。
追記~タイトルの意味&取り戻さなくてはならない記憶とは~
タイトルの意味など含めて、
36話の最後の方は少し抽象的で何を指しているのか若干難しいので、
私自身の解釈ですが解説します。
以下のような内容ですね。
僕には取り戻さなくてはならない「記憶がある」
その「記憶」の始まりは未来だ。
失敗した過去があってやり直して成功した現在がある。
この「成功」を完成させる為に「始まりの記憶」に辿り着くんだ・・・!
僕がくり返し生きた街。
殺人事件が起こらなかった街。
そして僕だけがいなくなった街。
「僕だけがいない街」の始まりはきっとあの娘がいた時間だ。
AIRI
AIRIに会いたい。
では解説していきます。
僕には取り戻さなくてはならない「記憶がある」
その「記憶」の始まりは未来だ。
➡佐知子が殺害された時の記憶のことで、時間的には未来の出来事
失敗した過去があってやり直して成功した現在がある。
➡加代やヒロミ、中西彩を救い、ユウキさん冤罪を防いだ
この「成功」を完成させる為に「始まりの記憶」に辿り着くんだ・・・!
➡このまま誰もいなくならないために、佐知子を救うために、佐知子が殺害された時の記憶を思い出す必要がある
僕がくり返し生きた街。
殺人事件が起こらなかった街。
そして僕だけがいなくなった街。
➡リバイバルをくり返し、小5の時の連続誘拐殺人事件を防いで、僕(悟)だけがいなくなった(植物状態)になった世界
「僕だけがいない街」の始まりはきっとあの娘がいた時間だ。
AIRI
AIRIに会いたい。
➡前の世界(オリジナルの時間軸)にはAIRIとの思い出があり、AIRIに会って始まりの記憶を取り戻さなくてはならない
私なりの解釈ですが、こんな感じです。
それと今回唐突にローマ字表記で「AIRI」がでてきたように感じましたが、
悟がアイリの家に匿われたていた時に見た部屋のプレートですね。(15話で一コマだけでてきました)
そのプレートのマスコットキャラが、
36話のアイリのかばんに付いているマスコットキャラと同じったので、
「AIRI」を思い出したということだと思います。
追記~北村先生への電話は犯人側の策略か?~
コメントを頂いたのでこのことも取り挙げてみます。
悟の主治医、北村先生の元に『教授』(北村先生曰く)からの電話がかかってきて、
以前から悟のことを調べたいと北村先生に言っていることを伺える描写があります。
北村先生はずっと断っているみたいですが、
この電話は犯人の策略であったり、今後の展開への伏線(というか布石)なのでしょうか。
これに関してはまだ分からないです。
個人的には何となくですが、今後の展開に繋がるものではなく、
『悟の頑張りに感化された医師の姿』であったり、『一見冷たそうに見える医師の義理堅さ』を見せる演出だと思いました。
しかし、八代としても、悟が意識を取り戻したということを知らないということはないでしょうし、
すると何らかのアプローチはしてくるはずなので、『教授』が八代の策略ではないとは言い切れません。
まあ何はともあれ今後の展開に注目しましょう。
あとがき
以上、僕だけがいない街36話のネタバレや考察についてでした。
お知らせですが、
今月号のヤングエースの発売と同時に僕街の単行本6巻も発売されました。
それに伴い6巻の内容や伏線を整理したので、
是非こちらもご覧ください。
➡6巻のネタバレ考察・伏線一覧
また、先日僕街のアニメ化が決定しましたね。
漫画がアニメ化されると劣化してしまう印象があるので、
好きな漫画がアニメ化するのはあんまり好きではありませんでしたが、
僕街のアニメ化の詳細を調べると非常に楽しみになりました。
監督や脚本、そして残りの話数を考えると原作を忠実に再現してくれそうです。
詳しくはこちらをご覧ください。
➡僕だけがいない街アニメ化決定!放送日・放送局・監督など詳細情報をご紹介
次回37話はヤングエース9月号(8月4日発売)なので、
発売されればすぐに更新したいと思います。
※更新しました
➡僕街37話のネタバレ・考察はこちら
はじめまして。
いつも参考にさせていただいてます。
ところで、今後の重要な伏線となりそうな話が抜けているようですが。
北村医師に電話してきた教授とその内容・意図は犯人の意志が働いているように見えます。作者が読者へ示唆するための1ページだったと思うのです。
どう思われますか?
コメントありがとうございます!
この部分は挙げようか迷ったのですが、これは伏線ではなく、『悟の頑張りに感化された医師の姿』であったり、『一見冷たそうに見える医師の義理堅さ』みたいなものを描いている描写なのかなと判断しました。
悟の状態は今までにも例がないような珍しいケースみたいなので、犯人側の策略ではなくてもどこかの教授が興味を示すのもおかしくはないかなと。
しかし現段階の情報では、これがただのそういう描写なのか、伏線なのかというのは分からなそうですね。
この事についてはまたじっくり考えてみます。
貴重なご意見あがとうございました!
いつも「僕だけ…」本編と同様にこちらを楽しみに読ませてもらっています。先日6巻を読んだ後に1巻を読み直したくなりました。
そこで以前から気になっている点があるのですが、
①オリジナルの世界で悟のリバイバルが始まったのはいつからなのか?
②悟母がテレビを見ながら言ったセリフ「あんた危ないところだったんだよ」
③同母のスーパーの駐車場でのセリフ「前にも同じ様な事を言った」からの「確かあの時はボヤ騒ぎ」
今回、アイリの写真の件や上野まで電車一本…の件など伏線回収されていますので、これらも今後の展開の中に出てくるのでは…?と思いました。また今回、悟が一度目覚めたにもかかわらず又眠りにつき今度は2005年に目覚めるのも興味深いです。
長々、ごめんなさい。
主さまは如何お考えになりますか?
…
コメントありがとうございます!
まず、①について。
まだ情報不足ですが、現在確認できる最初のリバイバルは、③で書かれている4話での佐知子が言うボヤ騒ぎか、もしくは、19話(4巻)でアッコ姉ちゃんを助ける時にリバイバルを使っていたかもしれません。
ただ、小5以前にリバイバルが始まっているのなら加代やヒロミを助けられているはずとも思うので、正直今の段階ではなんとも言えないですね。
②について。
これは加代やヒロミの事件のことですね。
悟のクラスメイトが2人も殺害され、しかもその容疑者(ユウキさん)が悟と面識があったので佐知子は「危なかった」と言っているのではないでしょうか。
③については、今後確実に出てくると思っています。
あと、何故再び1年も眠りについたのか、これが今後の展開にどう活かされるのかが全然予想がつかなくて私も凄く楽しみです。
また何かありましたらコメント頂けると嬉しいです(^^)
はじめまして。6巻を読んでレビューを探していたらこちらに辿りつきました。
ネタバレになりそうだけど、つい、36話の考察を読んでしまいました(笑)
たぶん、本編を読まないとわからないこともありますが…。
なんとなく6巻の悟がどういう状態なのか、こちらの考察を読んでわかった気がしました。
つまり6巻の昏睡から目覚めた悟は、「リバイバルしてきたオリジナルの悟の前にいた、お母さんと笛をなくして喧嘩したほうの悟」ですよね。
でもオリジナルの悟が未来からきて記憶を上書きしてしまったのではないかと。
上書きというか…書き換え?
オリジナル悟の意識が強すぎて、本来の小学生の悟は、意識を乗っ取られてしまった。
基本的には同一人物なんですが、オリジナルが車の中で死んだことにより、小学生の悟はオリジナルの記憶を(一部鍵つきで)受け取った。
そうすると、修学旅行の記憶も加代を見て泣いたのもアイリのことも、オリジナルからもらった記憶だということになりますね。
母親が死ぬのは2006年のことなので、2005年に目覚めたのだとすれば、1年で犯人を突き止めろということなのかもしれません。
お久しぶりです。
6巻まで何度か読み返してみて、どうしてももやもやが晴れないので、コメントしてみます。
「ボヤ騒ぎ」の件ですが、これはオリジナルの歴史にだけあったもので、植物状態になった悟の歴史には無関係ですよね?
1巻に、昔、まだ家に居た頃、と言う佐知子のセリフがあります。
(居た頃…という表現はあまり幼い子供には適さないと思うので、)
この「ボヤ騒ぎ」に悟がたどり着くためには、オリジナルの記憶を取り戻して、八代の罠にもかからない時間へとリバイバルする必要があると思うのです。
限定的に言えば、体育館に向かう前あたりに。
そうすると直接対決は回避できませんが…(^_^;)
どう思われますか?
ハルさん、お久しぶりです。
コメントありがとうございます。
あんまり深くは考えていませんでしたが、確かに佐知子の言い方からすると、ボヤ騒ぎは少なくとも小5以降だと思われるので、現在の悟の世界では無かったことなんでしょうね。
このボヤ騒ぎが今後の展開に関わってくるなら面白いと思いますが、もしかしたらこれはそんなに重要ではないのかもしれません。
今後出てきたとしても、「オリジナルの世界ではこんなことがあった」というような軽く触れられるだけではないかなと。
あと、恐らくですが、今後は完結までリバイバルは起こらないのではないかなと思っています。
19話に「これが最後のリバイバルだ・・・!」とありますし、残りの話数的にもこれから話を広げることも無いかなと思うので。
返信ありがとうございますm(__)m
ボヤ騒ぎの件は母親殺害発見直後の回想シーンでも触れているので、このまま放置は無いんじゃないかな~…とは思います。
あと何点か気になったところを挙げておきます。
1巻第1話1ページ目に出てくる建造物は何か?
6巻でケンヤが同じ建物を見ています。
やはりケンヤ周辺の演出が総じて臭すぎるw
自らを「スペアだ」と言い切る真意は?
悟自身が不在であっても、自分達の力で幸せを勝ち取った加代とヒロミから、文字通り未来を奪う事になってしまうリバイバルなら、本当に必要無いと僕も思います。
やはり生き残った3人やユウキさんが、今後物語に大きく関わって来るのでしょうか…。
全8巻と言わずに長く続いてほしいな…と思いますねw(^_^ゞ
この建造物については全く気付きませんでした!
見返した限りでは、1話と34話でしかでてこないと思いますが、これはよく気付きましたね(笑)
建物の外観は全く同じで、悟とケンヤも同じような後ろ姿、けど季節や時代の違いで草の生え方に違いがある。
これは2つのコマを意識して対比させているような印象が感じられます。
けど、正直これが何なのか分かりませんし検討も付かないです。
ケンヤについては、何か秘密があるように感じますね。
特に以下のことが気になっています。
・察しが良すぎる
・明らかに過去とは違う行動を取る
・和泉小のバスを使うことを提案した
・11話で八代に呼び出されているのが意味深
スペアについても、ただ「悟を救う覚悟がある」というだけではないように感じますよね。
僕街の連載は今人生で一番楽しみしているものの一つなのでずっと見ていたいという気もしますが、これ以上話を広げずに綺麗に完結させてほしいという気持ちもあって複雑です…。
はじめまして、ゆうと申します。
三部けいさんの作品は大好きで読んでいます(別名義のも)。
こういうサスペンスな作品は毎月読むのもいいですが、
全巻そろってからいっき読みするのもいいものです。
まるで単行本の小説を読むような、ピース又吉さんのように
どっぷりと作品の世界に入れる感覚が大好きです。
僕街を読んで感じたことは、孤独なヒーローの戦いだなと。
誰に認められるわけでも称えられるわけでもない、
自分だけの正義の戦い。
最悪の未来を回避する為の代償を伴う戦いの話だと。
ゲーム難易度が上がっても、正解も手段も一つとは限らない。
いつ心が折れてしまうんじゃないかとハラハラしっぱなしです。
さて、前置きが長くなりましたがあなたの考察について、
僕なりの考えを述べたいと思います。
まず、『殺人事件が起こらなかった街。そして、僕だけがいなくなった街。』について。
これは単に小学生時代の3人の被害者を救ったとこらから過去が分岐し、代償として悟自身が世界から切り離される(殺されかけ植物状態となる)未来へと至るということだと思います。あくまでも殺人を防いだから、殺されかけたのだということです。
あなたの言い方はあべこべのように思います。
そして、『「僕だけがいない街」の始まりはきっとあの娘がいた時間だ。』が、悟自身の覚醒からもう一度世界とつながる為に記憶を取り戻すこと。AIRIはその記憶の扉を開ける鍵であり、自分が望んだ未来での本当の戦い(つまり母親の死を回避し、真犯人を捕まえる)はここからだというになると思います。
それを踏まえると、あの娘がいた時間とは悟とAIRIが同時にいる(意識がある/交わる)時代、つまり悟が30歳前後の時ということです。
“「悟がいない街(植物状態になる)の始まり」が、
「アイリと過ごしたリバイバル前のオリジナルの世界」”とはならないと思います。そもそも過去が変わっているんですから。
加代の文集の表現を借りるならば、悟がもともといた社会・過ごしていた生活から離され無人島で1人元居た場所を見るような、同時間軸に存在しているのに別々に生活しているようなヤキモキする感覚なんでしょうか。
つまり、僕がいない街とはリバイバルよって変えられた未来(ルート)での悟とそれ以外の登場人物は同じ時間を生きていない、共有していないということです。
それから、始まりの記憶に関しても解釈がおかしいと思います。
悟が言う成功とは殺人を防いだことよって1つのループ(リバイバル)から脱し、そのループ(リバイバル)へ戻らないように母親の死の直前へたどり着くことでもう1つのループ(リバイバル)が確定(完成)する。
そうすれば、あとはトライ&エラーで母の死を回避し真犯人を捕まえる手段を見つけるだけとなるからです。
以上、長々と述べましたがあなたの今後の考察への一助となれば幸いです。
ゆうさん、コメントありがとうございます!
この部分の解釈は私自身腑に落ちていないところがあるので、このようなご意見を頂けると非常に助かります!
さて今回、主に以下の3点ご指摘いただいたので、それぞれ返答させて頂きます。
①『殺人事件が起こらなかった街。そして、僕だけがいなくなった街。』
②『「僕だけがいない街」の始まりはきっとあの娘がいた時間だ。』
③始まりの記憶に関する解釈
①について私の言い方があべこべとご指摘頂きましたが、正直何があべこべなのか分かりませんでした。
ゆうさんの意見と変わらない気がするのですが・・・。
②についても、私と同様の考えだと思います。
あの娘がいた時間とは、つまり2006年(1巻+3巻)のことですよね?
“「悟がいない街(植物状態になる)の始まり」が、「アイリと過ごしたリバイバル前のオリジナルの世界」”と私は書いていますが、私もそのつもりで書いています。
現在の世界の前に、AIRIと過ごした時間(2006年)があるということです。
だからAIRIに会って始まりの記憶に辿り着く必要がある、と解釈しました。
③については何が間違っているのでしょうか?
私としては、始まりの記憶はオリジナルの世界(佐知子が殺害された世界)の記憶だと解釈しています。
すみません。
恐らくこの部分は話が複雑で説明が難しいため、お互いの意見を正確に汲めていないのかなとも思います(^_^;)
はじめまして。
いつも楽しく読ませていただいております。
私は、犯人(八代)側の立場から、今後の展開を考えてみました。
八代は、悟を始末出来なかった点は痛恨でした。しかし、改めて止めを刺すリスクを負わず、監視する事を選びました。監視役は「教授」の様な気がします。
さて、悟は予想を超えて回復をしたのですが、八代は焦ったと思います。回復の状態を確認しつつ、改めて始末する計画を立てます。
周囲の状況を探ると、悟の周囲に病気の少女がいる事がわかり、この少女(久美ちゃん)を利用して、兄のケースの様に「自殺」させる線を考えます。(パパラッチの件)
ところが、アイリの妨害と悟が再び昏睡した事により、計画は中断。
母親の看護疲れによる「心中」の線を探りつつ、再び監視(教授に加え情報収集の為、久美ちゃんにも近づいているかも)へ。
再度目を覚ました悟に、おあつらえ向きに八代の対象年齢まで上がった久美ちゃんを使い、再度「自殺」させようとしている…
この予想通りなら、悟は既にピンチで、早く自らと久美ちゃんの危機に気が着かなければいけません。記憶を失う前なら、自力で気が着いたかも知れないけど、今は助けが必要ですね。
自分(八代)の顔を見れば、流石に思い出すかも…と思うので、止めは自分で刺すとしても、それまでは誰かの後ろに隠れて計画を進める。
連投申し訳ありません。
書き進めながら収拾が着かなくなって一旦消そうと思ったものが、投稿されてしまいました。
妄想に近い箇所が含まれた、駄文です。(自分が犯罪者になった様に、暗くなって、恐くなりました)
重ねて申し訳ありません。
ただ、久美ちゃんが絡んだ展開で、八代が準備する「犯人」が、悟になるのは、十分ありえる展開とおもえますが、どうでしょう?
コメントありがとうございます!
私も八代の視点で、どのように悟を始末するのかということをよく妄想してしまうので気持ちは分かります(笑)
正直言うと、今のところ怪しいのは強いて言うと「教授」くらいで、八代は全然物語に出てきてないので、八代が悟に対し何を企てているのかは全く予想が立っていません。
ただ、久美ちゃんは八代に狙われるんだろうなとは思っています。
年齢的に久美ちゃんが登場したのは八代に狙われる要因としか思えなんですよね(^_^;)
個人的には、美里の時の様に、悟を狙う過程で久美ちゃんを利用するのかなと妄想しています。
はじめまして。今晩は。
昨日、初めて『僕だけがいない街』のタイトル名を知り、偶然、こちらのサイトさまへ辿り着きました。
管理者様の文章が非常に面白く魅力的でしたので、早速、原作を購入しようと思っていたのですが、うっかり忘れてしまいました…。
(全く関係無いUVリップを買ってしまった…)
ところで、原作未読の状態で何かを述べるのも変なのですが、ケンヤ氏の不審さについて、自分も一考?を。
①主人公に何かしら託された
(但し、読者の知らないところで)
のではないでしょうか。
もしも、今後の展開において、主人公が自分の行動のみではもう母の悲劇を止められず、最悪、振り出しのオリジナル世界に戻る…という事態が発生した場合、……というのはある訳無いのですが。
しかし、管理者さまの考察を読ませていただく限り、繰り返す世界において、ケンヤ氏の行動が変わる理由としては、何らかの『情報』が加わったとしか思えませんし、又、彼には何かしらの『決意』のようなものが感じられます。
或いは、シンプルに
②ケンヤ氏 = 主人公氏の意識(今後の展開)
という可能性も考えましたが、この物語の大前提である「リバイバル」以外に、これ以上SFやファンタジー要素を増やす意味はありません(物語が壊れてしまうため)。
或いは、もっと単純に、
③主人公の一つ一つの行動が周りの人間を変えていった
ということかもしれません。何しろ「僕らのヒーロー」ですから。
この世のどこかで燕が翼を羽ばたかせたら、彗星が落ちるかも…というくらい滅茶苦茶な理屈ですが…。
やはり自分如きには皆目見当も付きません。
それでは、長文失礼致しました。
今後もこちらの考察を楽しみにしております。
コメントありがとうございます!
とても面白い仮説でした。是非参考にさせて頂きます(^^♪
原作未読でここまで仮説を立てられほどでしたら、本作を読んだら100倍は楽しめると思うので、是非読んでみてください。
このブログの内容は私の主観的な意見が反映されているので、ちゃんと漫画を見たらまた違った意見になるかもしれません。
PS.「僕だけがいない街を買おうと思っていたらUVリップを買ってしまった」というのが少しツボにはまりました(笑)
横レスですみませんけど、第三者が読んでもゆうさんの言っていることは意味不明です。管理人さんのレスの通り、全然「あべこべ」ではないし、始まりの記憶に関しても
『この「成功」を完成させる為に「始まりの記憶」に辿り着くんだ・・・!』
⇒このまま誰もいなくならないために、佐知子を救うために、佐知子が殺害された時の記憶を思い出す必要がある
という解釈は、どこもおかしくありません。管理人さん、ご安心を。
ゆうさんに限りませんが、タイムリープものでは主観的時間(主人公にとっての時間の流れ、すなわち経験した順の「出来事」の並び)と客観的時間軸(西暦何年、何月何日といった表記のできる時間)を常に意識的に峻別する必要があります。それができていないと「過去」「未来」という言葉の指すものが混乱し、結果として文章を書いても読み手に意図が伝わらないことになってしまいます。
あとSFでは、タイムパラドックスに説明をつけるためにパラレルや分岐という「複数世界」が後づけで発明されましたが、僕街は古き良きタイムトラベルの伝統にのっとって、主人公がいる世界が「唯一」です。別の世界は彼の経験記憶にあるだけで「実在」はしません。この基本を踏まえていないと、議論も何もあったものではないので、ついでに書いておきますね。長文多謝。
kaoriさん、フォローありがとうございます。安心しました!
仰るとおり、本作のような漫画を説明しようとすると「主観的時間」と「客観的時間」がごちゃごちゃになるので、すごく苦労しています。特に36話は、それにくわえて抽象的な表現が多かったので^^;
複数世界の説明も納得です。
正直、私はそういう観点で他の複数世界のタイムリープ作品と僕街の違いを意識していなかったので、すごく理解が深まりました!
こんにちは!
「僕だけがいない街」の解釈なんですが、私は「悟は植物状態だが皆は普通に過ごしている街」という意味ではなく、「悟の中の記憶とまったく同じシーンが、悟だけいない状態で起きている街」という意味にとりました。悟の記憶と、今の世界で現実に起きたことを比べると、ちょうど悟「だけ」がいない(あとは皆同じ)という意味かと。細かな違いなんですけれども。
ところで、それとも関連するんですが、何故この作品のタイトルは「僕だけがいない街」なんだと思いますか?
確かに「僕だけがいない街」の意味自体は、今話で大体分かってなるほどと思いました。でもよくよく考えると、悟が殺害されかけてから今話までの「僕だけがいない」期間って、作中ではあまり重要な期間じゃないと思うんですよね。これをタイトルに持ってくるってことは、もう一捻り何かあるのかなと。
おぉ、確かに!
meiさんの解釈の方がしっくり来ますね!
私と同様の解釈かと一瞬思いましたが、ニュアンスがだいぶ違う気がします。
正直、植物状態を「いない」としているのは違和感があったのですが、「記憶の中に悟だけがいない」と考えると、違和感が途端になくなりました!
あと、悟がいない期間はそれほど重要ではないのに、何故タイトルが『僕だけがいない街』なのかについて。
これについては私も引っかかっていたことです。
結局は、自分だけがいないということは、つまり、「他の人をみんな救った」という事が重要なのかなと思いました。
ただそれだと、本作の主題が小学校時代の殺害事件を防ぐことになってしまい、何か微妙に違う気がするんですよね。
個人的には、まだタイトルの全貌は描かれていないのではないかと思っています。
非常に参考になるご意見ありがとうございました!
アイリの名前がAIRIになっているのはAIR=空を連想させるためかと思いました。
こんにちは。初読初コメです。
上の方が既に書いてますけど、そもそもオリジナル人生の悟のリバイバル経験は何歳くらいから始まってるんでしょうかね。1巻において既に何度も小さなリバイバルは経験済みなようですけど、初めてリバイバルを経験した時の描写がゼロなのも気になるし、いくら小学生の頃の記憶で、親達が忘れさせようとしていたとしても、あれだけの事件を1巻の時ほど忘れているって変じゃないですか?
①(オリジナルと呼んでる世界で)雛月死亡→②(同)数十年後、大人になってアイリにバイト先で出会う(物語はここからスタート)→③母親殺され→④二度目のリバイバルで雛月救助するが→⑤自分が仮死状態→⑥記憶喪失で目覚めてアイリや大人になった雛月達に出会う、母親は無事。
今一番足りない描写は①と②の間で、まだまだ何か隠されてそうです。ヒロミがワセリンを云々の描写は自分もひっかかります。もしかして経緯は違えど人生2周どころか何周もしてるんじゃないかなって思います。そこで、ヒロミが塗っていた記憶も確かに存在してるのでは。
案外、八代との闘いは序章で、今後は「教授」等を交えて「リバイバル体質」の正体に切り込んでいく中盤があって、物語はもっと長い構想かもしれません。
母親を殺したのも八代先生だという確たる証拠もないし。あと5巻くらいまで、実はケンヤもリバイバル体質持ってるんじゃないかって思ってました。ちょっと賢過ぎるから。
「僕だけがいない街」=悟は現在には存在しない。
ケンヤ=スペア=リバイバル能力者(悟の補佐?=悟の失敗をフォロー)
のような気がしてきました。
8巻で終わり。:「僕だけがいない街」=悟は現在には存在しない。
以降:ケンヤ=リバイバル能力者=スペア(悟を救う)=悟の弁護士
こんにちは。
アニメの第6話のページにコメントした者です。
私はまだ原作未読ですが、このページの考察を見る限りではアニメ6話の愛梨が「結末は先の事で~」と話しながら、指で四角を作るシーンはなかったようですね。
この考察を読んでアニメを作られている方の原作に対するリスペクトを感じました。
タイトルに対してひっかかっているとのことですが
僕だけがいない街というタイトルには悟だけがいない街という意味のほかにも
ひとりぼっちの心情を表す「僕だけ」がいない街という意味合いも含まれているのではないでしょうか
まず現代における愛梨がひとりぼっちの悟を救い
愛梨の存在と佐知子の死で、薄い膜が取り払われ孤独ではなくなった悟が
過去の世界でひとりぼっちだった人物、
失礼しました、勢いで書いてから体裁を整えるつもりだったのですが
時間がなかったため、諦めてウインドを閉じたつもりが誤って半端な拙文を送信してしまったみたいで申し訳ありません
ここには検索で辿り着きましたが
自分では気付かなかった発見も少なくなく素直に感心しましたし、作品を読み解く上で為になりました
それに刺激された面もあって私見を述べさせていただこうと思った所存で
改めまして簡潔に私のタイトルへの見解をまとめますと
僕だけがいない街というタイトルには、悟だけがいない街という意味のほかにひとりぼっちの心情を表す「僕だけ」がいない街という意味合いも含んでいると思われます
その根拠としましては、まず作中で幾度も、ひとりぼっちというワードが使用されていることであり
この作品の性質上そこに何らかの意図があると思われる点
そして悟や愛梨の行動が、ひとりぼっちをなくす結果に結びついている点からです
愛梨はリバイバル前には悟をひとりぼっちの殻から解き放つ存在として
リバイバル後には容疑者として追われる悟をひとりぼっちにしない存在として描かれており
愛梨の存在と、佐知子の愛に気付いたことでひとりぼっちから脱却した悟もまた
過去の世界において、八代の魔の手から被害者を救うために行ったあれこれが
ひとりぼっちだった、になるはずだった人物の孤立や疎外感を解消する結果をもたらしています
悟昏睡後の必要性があったのか微妙な情報(子持ちのユウキさん、里美が募金に協力)も
ひとりぼっちがいない街を成立させる意味合いもあったのかと思えば腑に落ちる所があります
ですから、このタイトルは決して悟だけがいない街になった結末だけを表すものではなく
悟(や愛梨)の行い自体が僕だけ(ひとりぼっち)がいない街を成し遂げようとしたことにもかかっているのでは
というのが、私なりの解釈になります